優等生でいるのはもうやめて。社会の都合でなく自分のために生きよう

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「優等生」という言葉に良いイメージを持つ方は、実は少ないかと思います。家では親の、学校では先生の、仕事では上司のいいなり、という意味を含むからでしょう。

あなたは周りから「優等生」という見方をされていますか?もしそうだとして、さらに優等生と思われることを嫌だと感じているとしたら、今すぐ優等生街道から降りる準備をしましょう

おそらく、このまま優等生でい続ければ、未来に待っているのは大きな喪失感と後悔です。あなたが命を削ってしていることは、今いる学校や社会のいいなりになるどころか、いいように使われているだけです。

でも言い換えれば、生き方をきちんと見つめ直せば、後悔の無い、幸せな毎日を自分の手で切り拓けるということです。

今回は優等生であり続けることに苦しんでいる方に、優等生のゾンビライフから脱却し幸せなマイウェイをつかんだ先輩から(謎の上から目線で参ります)

  1. 優等生でいることの危険性と
  2. 社会の都合のためではなく自分のために生きる人生に一歩踏み出す方法

の2点をお伝えします。

1. 優等生とは

優等生とは、主に学校での成績と行いが優れている学生、という意味です。言い換えると、学校がイメージする生徒の理想像そのまんまの学生のことです。

具体的に言うと、こういった行いをしている学生のことです。

  • いつも棒読みでつまらない先生の致死レベルの眠たい授業も真面目に聞いている
  • 河川のゴミ拾いなどのボランティアでポイ捨てするようなダメな大人の尻拭いもサボらずに行う
  • 学級委員など他の生徒がやりたがらない雑務を「クラスの優等生だから」というよくわからない理由で最終的に押し付けられるが、結局応じてしまう

あえて強い言葉で書いていますが、こんなことばかりさせられているのをちょっと理不尽に思いませんか?

でも優等生は、誰にも強要されていないのにも関わらず、こういったことを文句ひとつ言わずに行ってしまいます。それが優等生です。

2. いいなりでいることの怖さ

「文句ひとつ言わずに言われたことをちゃんとこなす人」は日本社会の模範です。他人に迷惑をかけないし、目上の人の言うことを黙って聞くことが学校や社会では良しとされているからです。

でもよく考えてみてください。誰が、いつ、そんな目上の人にやたら都合のいいルールを作ったのでしょう?

授業がつまらないのは、先生の教える技術が低いからです。先生の教える技術が低いのは、学校や文科省の教員教育が行き届いていない、もしくは質が悪いからです。目上の人の怠慢のために学生が苦しみに耐え忍ぶべきなのでしょうか?

河川のゴミ拾いのボランティア自体が存在する理由は、モラルの低い大人(もしくは子供)が近所にはびこっているからです。地域の文化水準の低さにより行われるポイ捨ての尻拭いを若者にさせる学校をどう思いますか?(というか学生に拒否権がなければそもそもそれはただの強制労働です)

みんなが学級委員になりたがらないのは、雑務を生徒にやらせるくせに先生や学校が学級委員になることのメリットを用意していない、もしくは十分に説明しきれていないからです。集団の圧力で優等生に面倒ごとを押し付けるのはいじめと呼べるのではないでしょうか?

優等生としてクラスや先生、学校のいいなりでい続けていると、やがて、よく考えれば理不尽以外の何物でもないこともなんとなく受け入れてしまう、考えることができない人間になってしまいます

3. 本当に優秀な人ならどうするか

授業がつまらないなら「先生、結論から話していただかないと、この授業から学ぶべきことがわかりづらいです。あともっと抑揚をつけて話していただければ寝る生徒も減ると思います」などと、なぜつまらないのか教えてあげるべきです。今まで誰にも言われてこなかったから、授業が超絶つまらないままなのです。

課外授業という名のかったるいボランティアに対しては「ゴミ拾いも大事ですが、近所の住民がゴミを捨てるという根本的な原因の解決にはなっていません。ポイ捨ての罰則を強化してもらう運動をした方が有意義ではないでしょうか。シンガポールではポイ捨てすると罰金3万円です。そういった取り組みをした方が私たちにとって良い経験になると思います」と、根本的解決を提案すべきです。

興味のない学級委員に推薦されたとしたら、まずきっぱり断りましょう。

そして理由として、「学級委員を引き受けるメリットは何ですか?メリットの提示も無しに仕事を引き受けろというのは給料無しでアルバイトしろと言っているようなものです。それは横暴ですよね?面倒ごとを他人に押し付けようとしているのではないのだと言うなら、学級委員を引き受けることで私が得られるものを言ってください。それが筋でしょう」などと述べ、嫌なものは嫌、でもそちらに交渉する気があるなら応じてあげるよ、という姿勢をハッキリ見せるべきです。

優等生を辞めて問題児になれということではありません。上記のように、物事を論理的に考えることのできる人になり、考えを行動に移すことができる人間になるべきだ、ということです。それが本当に優秀な人間です。

こういったことが、社会に出た時に生き残るため・成功するために必要な考え方です。学校でただの優等生でいることは社会に都合よく流される人間の考え方です。

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4. 優等生でいることは社会のためにも、自分のためにもならない

ただ「昔からそうしてきたから」という理由で行われる典型的な時代遅れの習慣に違和感を感じているにも関わらず従っていては、将来、社会にいいように使われる大人になってしまいます。いいように使われることに違和感すら感じないとしたらかなりの重症です。

学校やクラスのいいなりになっているだけでは、社会は一向に良くなりません。このままただ苦しみに耐えているだけでは、これからも優等生がいいように使われる哀しみが繰り返されていくのです。

なにより、あなたが苦しみに耐え続けなければいけない状況が一向に改善されません。学校を卒業しても、就職したら同じ運命が待っているでしょう。

5. 良かれと思って洗脳してくる周りの人

優等生に面倒ごとを押し付けてくるので周りの人が極悪人のように思えてくるかもしれませんが、彼らは何も悪気があってそうしているのではありません。だから余計にタチが悪い周りの人を責めるのは良くありません。

世界の国々は、法律によって国民がやってはいけないことを決めています。法律が厳しい国はやはり犯罪も少ないのです。シンガポールや日本などが安全な国として有名です。

でも人々の行動をコントロールする方法は、実は法律以外にもあります。それは、文化です。

たとえば、毎年年末になると「忠臣蔵」が取り上げられます。ここではお話の内容の説明ははぶきますが、日本の文化では、こういったお話にあるように主がどんなアホでも忠実に従うのが美徳とされています。

他国の人や、今時の若者からすれば、「忠臣蔵」はいい話でもなんでもなく、意味のわかんない理由で敵討ちという野蛮な行為に及ぶテロリストのお話であり、それをいい話とする日本社会は狂ってらっしゃる、という見方をするかもしれません。

だって、「忠臣蔵」は冷静に考えれば本当にテロリストによる大量虐殺ですから。でもテレビなどのメディアはこんな話を「日本人が忘れかけた美しい心」みたいな美談としてお化粧して、世間に見せます。

人間の価値観は300年前と比べて大きく変わっています。でも古い価値観をそのまま良いものとしてしつこく見せ続けられると、なんとなくそれがいいものに思えてきてしまいます。

古い文化にはこれからも伝え続けるべき良い部分もあれば、根絶すべき悪い部分だってあります。大人は、自分たちが生まれた国の文化を後世に伝えるべきだと思い、良かれと思って、良い部分も悪い部分も全てひとくくりにして引き継ごうとしてしまうことがあります。




6. 「優等生」は時代遅れの価値観

理不尽なことがあっても耐え忍び、我慢。不満があって周りの空気を読んで、我慢。国民の大半がこうやって色々我慢してくれた方が、学校や会社や国にとっては都合がいいですよね?だって文句をあまり言わない人たちの方が扱いやすいもーん!

そうやって、まだ善悪の判断が自分ではまだ難しい子供の頃から「教育」という名のもとに、おかしいことをおかしいと考えず我慢強く健気に頑張る「優等生」が育てられます。

ひと昔前までは、組織や上司に従順な優等生であることが安定した生活を手に入れる最善の道だったのかもしれません。大企業に入って、言われた通りにやっていれば給料も上がりました。今でも比較的上の世代の多くはそう考えているでしょう。

でもそれは日本が外国との接点が今ほどなかった時代に通用した考え方です。今は学業も仕事も世界中の人と協力したり競ったりする時代です。日本での常識が通用しないわけですから、誰かに言われたことを的確にこなすだけではなく、何をどうするべきか自ら考えていく力が必要です。

日本の文化の中での正攻法、つまり「優等生」でいることは、iPhoneで言えばiPhone3です。プレイステーションで言えばプレイステーション2です。つまり「早くバージョンアップしようよ」ということです。

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だから、今すぐ優等生でいるのをやめて、自分で考え、きちんと意見を持ち、行動を起こす人間を目指す道に方向転換しましょう。

7. 貸しはちゃんと返してもらおう

「優等生であることには全くメリットがない」と言うと言い過ぎになります。いいことだってありますよね。たとえば、周りから信頼されたり頼られたりすることです。

あなたが優等生でいることで、周りの人がこれまでどのくらい楽な思いをしてきたか、考えたことはありますか?

どんなにつまらない授業をしても一人は起きていてくれる。教える技術の低い先生にとってあなたは最後の希望です。起きていてあげることで、あなたはこれまで先生に「貸し」を作ってきました。

自分では絶対にやりたくない学校行事や雑用も優等生であるあなたが引き受けてくれる。クラスの面倒ごとを引き受けてきたあなたはクラスのみんなに「貸し」があります。

そしてあなたが優等生ということは、みんなより能力も比較的高く、人より困難に耐えてきた分、みんなより比較的大人であるはずです。

これらのことから、優等生であるあなたが意見を述べたとしたら、みんなあなたの声に耳を傾ける可能性が高いのです。

アルバイトや部活を想像してみてください。ちゃんと仕事ができていない、もしくは実力がないくせにのに文句ばかり言う人間は誰も相手にしません。優等生でないクラスメイトたちはまさしくこれです。

でも仕事が一番できる人、もしくは実力ナンバーワンかナンバーツーが意見したとしたら、みんなそれを聞かなければならないと思うでしょう。

もし、優等生でい続けることで社会のいいなりになるより、自分のために生きたいと思ったら、周りの考え方や行動を変えていきましょう。みんな、あなたが言うことならきっと真剣に受け止めてくれるはずです。

今度はあなたがしたいこと、思うことに賛同してもらうことで、今まで貸しっぱなしだった恩をみんなに返してもらいましょう。世の中、ギブ&テイクですから!

8. まとめ:状況を変えられるのは自分自身

優等生でいることが自分にとって苦しみばかり生むのなら、自分の言葉で、みんなの考え方や日々の過ごし方を変えてやりましょう。

周りから求められていることを理解し、きっちり実行するという優等生には、誰でもなれるわけではないのです。でもそのまま優等生として生き続けても、その能力は宝の持ち腐れです。

今まで周りの都合に合わせることで高めてきた能力を今こそ、解き放つ時です。自分のために生きてください。




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